句読点(マルとテン)

句読点(マルとテン)

松野町夫 (翻訳家)

句点は文の終わりにつける記号、マル「。」のこと。句点=マル。英語のピリオド period(終止符)に相当する。読点(とうてん)は文中の意味の切れ目につける記号、テン「、」。読点=テン。英語のコンマ comma (,) に相当。句点と読点をまとめて句読点(くとうてん)という。

文の終わりにはマルをつける。マルがないと文がどこで終わっているのかわからないので誤解をまねくこともある。句点(マル)は文の最後につける。単純明快。マルの使い方は誰でもわかる。

問題はテンである。テンの使い方はむずかしい。従来の解説では、テンのうちかたについての規則があまりにも多すぎてかえってわからなくなってしまい、悩みは深まるばかりだった。しかし20年ほど前に本多勝一著 『日本語の作文技術』 (朝日文庫) を読んだとき、それこそ目から鱗が落ちたように感じた。

テンの役割を考えるとき、まず「必要なテン」と「テンがなくともよいか、または既存の他の記号でも差支えないテン」とを分けて考えなければならない。構文上本当に必要なテン、なくてはならぬテン、それなしには言葉の伝達が困難になるか誤読される恐れのあるテンのうちかたには2つの原則があると本多勝一は言う。

1. 長い修飾語が二つ以上あるときその境界にテンをうつ(長い修飾語)
2. 語順が逆になったときテンをうつ(逆順の原則)

うん、これはいい。原則がたった2つというのがすばらしい。原則はこうでなくては。でもそのとき喜びで有頂天になって自分ではろくに検証もせずに今日まできてしまったけど、大丈夫なのかしらん?(本多勝一はその書の中でちゃんと検証しているが)。

そこで遅ればせながら実際の現代文をサンプルに自分なりにテンの原則を検証してみよう。 村上春樹著 『レキシントンの幽霊』 文春文庫(457円+税)89ページの「氷男(こおりおとこ)」から抜粋する。

私が氷男と出会ったのはあるスキー場のホテルだった。氷男と知りあうにはうってつけの場所というべきかもしれない。若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビーの、暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの椅子の上で、氷男はひとりで静かに本を読んでいた。もう正午に近かったのだけれど、その朝の冷たく鮮やかな光が彼のまわりにだけはまだ留まっているように私には感じられた。「ねぇ、あれが氷男よ」と私の友人が小声で教えてくれた。でもそのとき私は氷男というのがいったいどういうものなのかまったく知らなかった。私の友だちもよくは知らなかった。ただ彼が氷男と呼ばれる存在であるということを知っているだけだった。「きっと氷でできているのよ。だから氷男と呼ばれているんだわ」と彼女は真剣な顔つきで私に言った。まるで幽霊か伝染病の患者の話でもしているみたいに。

この段落は10の文で構成されている。

1. 私が氷男と出会ったのはあるスキー場のホテルだった。
これには長い修飾語はなく語順も逆順ではないのでテンは不要。これを逆順にして、たとえば、「あるスキー場のホテルだった、私が氷男と出会ったのは。」とすれば、逆順のテンが必要となる。

2. 氷男と知りあうにはうってつけの場所というべきかもしれない。
これにも長い修飾語はなく語順も逆順ではないのでテンは不要。

3. 若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビーの、暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの椅子の上で、氷男はひとりで静かに本を読んでいた。

「ロビー」という名詞にかかる修飾語は3つある。若いひとびとで混み合った(ロビー)・賑やかな(ロビー)・ホテルの(ロビー)。このように複数の修飾語があってそれをひとつにまとめるとき、修飾語の語順には4つの原則があり、重要な順にならべると次ぎの通りだという。(とくに重要なのは最初のふたつ)

(1) 句を先に、詞をあとに。
(2) 長い修飾語ほど先に、短いほどあとに。
(3) 大状況・重要内容ほど先に。
(4) 親和度(なじみ)の強弱による配置転換。

原文の「若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビー」という表現はきちんと長い順にならべてある。つまり、日本語の語順として正当な順序である。以下、正当な順序のことをここでは「正順」と呼ぶことにする。正順かつ短い修飾語にはテンは不要。これを逆順にして、たとえば、短い修飾語のホテルという名詞を先にならべて「ホテルの、若いひとびとで混み合った賑やかなロビー」とすると逆順のテンが必要となる(ホテルの、若い~)。

原文の「暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの椅子の上で」も同様に正順かつ短いのでテンは不要。

「椅子の上で」にかかる修飾語は 2つある。若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビーの(椅子の上で)・暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの(椅子の上で)。これは2つとも相当長いのでその境界にテンが必要となる(~ホテルのロビーの、暖炉から~)。

「読んでいた」という動詞にかかる修飾語は5つ。若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビーの、暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの椅子の上で(読んでいた)・氷男は(読んでいた)・ひとりで(読んでいた)・静かに(読んでいた)・本を(読んでいた)。最初の修飾語の「~椅子の上で」は長いが、残りの4つは「氷男はひとりで静かに本を(読んでいた)」とまとめることができる。結局、「読んでいた」にかかる修飾語は2つ。2つとも長いので 2つの長い修飾語の境界にテンが必要となる(~椅子の上で、氷男は~)。

しかし最後の修飾語が短いとき、たとえば「(~椅子に)氷男は(座っていた)」であれば次のようにテンは不要。例: 若いひとびとで混み合った賑やかなホテルのロビーの、暖炉からいちばん遠く離れた隅っこの椅子に氷男は座っていた。

4. もう正午に近かったのだけれど、その朝の冷たく鮮やかな光が彼のまわりにだけはまだ留まっているように私には感じられた。

「留(とど)まっている」にかかる修飾語は4つ。もう正午に近かったのだけれど(留まっている)・その朝の冷たく鮮やかな光が(留まっている)・彼のまわりにだけは(留まっている)・まだ(留まっている)。最初の修飾語の「もう正午に近かったのだけれど」は長いが、残りの3つは「その朝の冷たく鮮やかな光が彼のまわりにだけはまだ」(留まっている)とまとめることができる。結局、「留まっている」にかかる修飾語は2つ。2つとも長い。2つの長い修飾語の境界にテンが必要となる(~だけれど、その朝の~)。

「感じられた」にかかる修飾語は2つ。もう正午に近かったのだけれど、その朝の冷たく鮮やかな光が彼のまわりにだけはまだ留まっているように(感じられた)・私には(感じられた)。最初の修飾語は長いが、もうひとつの修飾語「私には」は短い。結局、長い修飾語はひとつしかないのでテンは不要(~ように私には~)。

5. 「ねぇ、あれが氷男よ」と私の友人が小声で教えてくれた。
「ねぇ」は呼びかけを表す間投詞(=感動詞)。まあ・はい・いいえ などもこの類。間投詞の後はテンがふつう(とくに後の文がすぐに続く場合など)だが、マルや感嘆符でよいときもあるので構文上必要なテンの原則には含めない。

6. でもそのとき私は氷男というのがいったいどういうものなのかまったく知らなかった。

「知らなかった」という動詞にかかる修飾語は 4つ。でもそのとき(知らなかった)・私は(知らなかった)・氷男というのがいったいどういうものなのか(知らなかった)・まったく(知らなかった)。修飾語を長い順に(句を先に)ならべると、

氷男というのがいったいどういうものなのかでもそのときまったく私は知らなかった。

あれー、変だな?この文が正順だと言われても、ちょっと納得しかねる。ひらがなが続いて読みづらいし…短い修飾語で正順の場合ふつうテンは不要だが、これだと長い修飾語が 2つあると考えて境界にテンをうったほうがまだマシな気がする(~なのか、でもそのとき~)。

それに前文とのつながりを考えると、「でもそのとき私は」はひとかたまりのままで先頭におくのが正順のような気がする。語順の原則に接続詞(そして・しかし・だが・ただ・でも など)の項目を追加すべきでは?語順は「接続詞を最優先に・修飾語を長い順に・詞より句を先に」としたほうがいいんじゃないのかなあ?

どうも原文を正順と認めたほうがよさそうである。原文はテンなどなくても読みやすく実に自然な流れだ。
原文: でもそのとき私は氷男というのがいったいどういうものなのかまったく知らなかった。(正順)

7. 私の友だちもよくは知らなかった。
8. ただ彼が氷男と呼ばれる存在であるということを知っているだけだった。
9. 「きっと氷でできているのよ。だから氷男と呼ばれているんだわ」と彼女は真剣な顔つきで私に言った。
10. まるで幽霊か伝染病の患者の話でもしているみたいに。

上の4つの文はすべて正順かつ短いのでテンは不要。構文上必要なテンは意外に少ない。「でも」・「ただ」・「きっと」・「まるで」などを強調したいときに、この後にテンをうつのは書き手の自由だが、少なくとも構文上必要なテンをうつところは上の4つの文にはない。やはり村上春樹は噂どおり当代きっての名文家ですね。まさに現代文のお手本。おみそれしました。

長い修飾語が2つ以上あるときにその境界にテンをうつのはおそらく読むときの息継ぎと関係する。あまり長いと息が切れる。読点という名もこれに由来するのだろう。修飾語が長いか短いかに多少個人差があるのは、肺活量に個人差があるのと同じようなものなのかも知れない。

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この記事へのコメント

2010年05月14日 19:03
はじめまして。わたしも まえから commaの つかいかたに ギモンを もっています。 たとえば ”私は,”なぜ ここに いるのか?タンゴの くぎりは spaceで よいのでは ないかと おもいます。NHKの ”日本の,これから”は おかしいと ズウット おもっています。それでは。。。

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