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ことばの根源は音声 (2) やまとことば 松野町夫 (翻訳家) 日本語(やまとことば)は、いつごろ形成されたのだろうか。縄文時代、それとも弥生時代?いろいろ調べてみたが、形成時期については百科事典などには明記されていない。有史以前の大昔のことなので、正確なことはわかっていないようだ。言語学的に、考古学的に、あるいは人類学的に類推するよりしかたがないのかもしれない。 古代日本語の専門家で万葉集に造詣の深い中西進は、「外来語の受け入れ」という講演で、日本が最初の外来語を受け入れたのは弥生時代と述べた上で、その前提を次のように示す(中西進著 『日本語の力』 集英社文庫 214ページ)。「(中略)縄文時代、紀元前一万年のころにすでに日本語が存在していた。そしてその縄文語を母体として、以後のさまざまな変化を経て現在の日本語ができ上がった(以下省略)」。 日本語の形成時期は縄文時代ですか。なるほど、そうかもしれない。縄文時代の人々が竪穴住居からなる集落跡を多数残していることから考えても、このころにはすでにことばを使った集団生活・活動が営まれていたはずだ。縄文時代に日本語の基本的な体系が存在したという説は合点がいく。 日本史は通常、旧石器時代→縄文時代→弥生時代→古墳時代→飛鳥・奈良・平安時代…というように区分される。縄文時代の時期については諸説あるが、日本大百科全書(小学館)によると、今からほぼ1万2000年前ごろから2400年前ごろまでという説が有力だという。この期間を単純計算すると、なんと9600年(12000-2400)!!!縄文語は9600年という長期間にわたって文字を持たない、音声だけの言語だったことになる。縄文語は「話しことば」。「書きことば」ではない。文字による記録が残されていないので、実際にどのような語句が使われていたのか、その語彙や用法については、現在ほとんど知られていない。縄文語をアイヌ語から解明しようとする研究もあるが、かんじんの縄文語自体が不明なので、真偽を検証することができない。 弥生時代は、紀元前4、5世紀から紀元後3世紀ごろまで(日本大百科全書)。 弥生時代には、朝鮮や中国から日本列島に移住してきた人々(渡来人)がいた。彼らは、稲作や雑穀栽培などの農業技術のみならず、武器や農具類など金属器の鋳造、新式の土器の製作、はたおりなど、当時の最先端技術を日本に伝え、日本の政治力・軍事力・生産力の発展に寄与したという。 日本語のルーツを弥生語とみる説もある。これはおそらく、上述の弥生時代の渡来人の規模と関係する。渡来人を少数とみれば縄文語が弥生語に引き継がれたことになるが、渡来人を多数とみれば弥生語が縄文語にとってかわった可能性も否定できない。どちらの説が正しいのか、有力なのか、ちょっと気になり調べてみたところ、現在どうも少数説が有力のようだ。人類学者には多数説の人もいるが、考古学者は少数説をとる人が多い。 佐原 眞によれば、弥生時代の渡来人(=大陸系弥生人)は、せいぜい数百人程度にすぎない(世界大百科事典第二版の「弥生人」の項目より)。また、松本秀雄は血液型遺伝子の研究から、日本人はアイヌを含めて等質性が高く弥生以降の渡来人との混血は少ないと主張する(『日本人は何処から来たか 血液型遺伝子から解く』 日本放送出版協会 1992年)。 言語的にみても、渡来人少数説が妥当だ、とわたしも考える。 渡来人の大部分は朝鮮民族。多数説には「100万人渡来説」もあるが、朝鮮語を母語とする人が100万人はともかく、数10万人規模で日本に来てその大部分が日本に永住したとすれば、日本語は朝鮮語に飲み込まれたか、あるいは朝鮮語の影響(発音)が相当に色濃く日本語に反映されていなければならないはずだが、その痕跡は少ない。確かに、日本語と朝鮮語は同じ語族(アルタイ語)に属し文法的にとても類似している。語順も同じなら、助詞があり、動詞も活用する。しかし基本的な語の発音が決定的に異なる。ことばの根源は音声なので、発音に類似性がなければ、それは別な言語である。やまとことばに朝鮮語の発音の痕跡は少ない。ゆえに朝鮮系渡来人も少数であったのでは、とわたしは考える。 縄文人と渡来人との混血が行われたとしても、結局のところ、縄文人が現代日本人の根幹であることはまちがいなさそう。そうだとすれば、縄文語を日本語のルーツとみて、縄文語の基本的な構造が弥生語など、それ以後の時代の言語に引き継がれたとする考え方は納得できる。日本語は縄文語を母体として、その後さまざまな変化を経て、こんにちのような形態になったのであろう…おそらく。 中西進著 『ひらがなでよめばわかる日本語』 新潮文庫はおもしろい。印象に残ったところを自分なりに解釈してまとめたものを以下に引用する。 漢字では「鼻」「花」「端」と書き分けるが、まずどう発音するのかを考えることが大切。それなのに、わたしたちはどういう漢字を書くのかを気にしがちだ。民俗学者の柳田国男(やなぎたくにお)は、「どんな字を書くの」と尋ねることを、「どんな字病」と名づけ警告した。 顔には目・鼻・耳・歯・頬があるが、植物にも芽・花・実・葉・穂がある。別語のように見えるが、実は古代日本語(やまとことば)では、それぞれの組は同じ語源である。め(目と芽)、はな(鼻と花)、み(耳と実)、は(歯と葉)、ほ(頬と穂)。「体」の「から」は「幹」の意味で、また、古代人は手足を「えだ」と呼んでいたらしい。 「文字を書く」「絵を描く」も同じことばだ。「かく」は本来、ものをひっかくこと。たとえば、土器など、粘土をこねて成形したものに模様を刻むとき、先の尖ったもので柔かい粘土を引っ掻いて模様や線をかいていたらしい。「書く」「描く」は同じ語源。 やまとことばの「はし」には本来、「間」の意味がある。「箸」は二本の間でものをつかむ。鳥の「くちばし」も同じ。「橋」は岸と岸との間をつなぐ。 日本語は母音をかえて新たなことばを生む。たとえば、「花が咲く」の「さく」から「さか」「さき」「さけ」のように変化させて新しいことばをつくりだす。共通する概念は最も勢いのあるもの・状態。「花盛り」の「さか」や、「栄える」の「さか」は最盛期を意味する。海または湖に突出した陸地の最先端を「岬」というが、これは 「み」(美称)+「さき」。最も突出したところ。お酒の「さけ」もこの仲間。お酒を飲むと気持ちが高揚する。「咲く」「盛り」「栄える」「岬」「酒」は、同じ語源。 (以上、引用終わり) め(目と芽)、はな(鼻と花)、み(耳と実)、は(歯と葉)、ほ(頬と穂)が同じことば!!!へーえ、そうなんだ。知らなかった。なるほど、耳はふたつあるから「みみ」、頬もふたつあるから「ほほ」、乳(ちち)もきっとそうだ。ワーオ、古代日本人の自然観が人体の名称にみごとに反映されているなあ。これらが同じことばとは、これまで考えたこともなかった。どうやら、わたしも柳田国男(1875-1962)の警告した「どんな字病」におかされていたようだ。 「書く」と「描く」が同じことばなら、おそらく、「茶碗を欠く」「かゆい所を掻く」の「かく」も同じことばだと考えられる。「書く」「描く」「欠く」「掻く」は同じ語源の可能性が高い。同様に、「咲く」「盛り」「栄える」「岬」「酒」は、同じ語源であるのに、わたしたち現代人にはそれぞれが別のことばに見える。なぜか?漢字が異なるからである。 日本語について考えるときでも、わたしたちはいつのまにか、漢字を通して日本語を理解しようとする習慣がこびりついてしまっているようだ。漢字はもともと中国の文字。漢字は本来、外来語である。しかも日本語と中国語は、構造的に文法的にまったくかけはなれた言語だ。日本語(やまとことば)について考えるときは、一度漢字を離れて、発音に注目する必要がある。ことばの根源は音声なのだから。 |
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