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zoom RSS 三味線のお稽古

<<   作成日時 : 2010/01/08 16:51   >>

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三味線のお稽古
こんな日は音がちがう

松野町夫 (翻訳家)

翌朝、島村が目を覚ますと、駒子はもう火鉢へ片肘(かたひじ)突いて古雑誌の裏に落書きしていた。女中が火を入れに来て、驚いて飛び起きたら、障子に日があたっていて、明るいのでもう帰れないと駒子はいう。

【川端康成の『雪国』 新潮文庫 64ページ】

部屋いっぱいの朝日に温まって飯を食いながら、
「いいお天気。早く帰って、お稽古をすればよかったわ。こんな日は音がちがう。」
駒子は澄み深まった空を見上げた。
遠い山々は雪が煙ると見えるような柔らかい乳色につつまれていた。

["Snow Country" by Edward G. Seidensticker, Vintage International, Page 66]

"What a beautiful day.” They were having breakfast, and the morning sun flooded the room. “I should have gone home early to practice the samisen. The sound is different on a day like this.” She looked up at the crystal-clear sky.
The snow on the distant mountains was soft and creamy, as if veiled in a faint smoke.

原文: 部屋いっぱいの朝日に温まって飯を食いながら、
訳文: They were having breakfast, and the morning sun flooded the room.

「部屋いっぱいの朝日」を表現するのに、”the morning sun flooded the room” と、動詞 ”flood” が使用されている。”flood” を「洪水」とだけ覚えている人には、この表現は新鮮に感じるかもしれない。原文を単文とみて、頭から順に訳し下ろすこともできそうだ。たとえば、
In the room flooded with the morning sunlight, they were having breakfast.

原文: 「いいお天気。」
訳文: "What a beautiful day.”

原文: 早く帰って、お稽古をすればよかったわ。
訳文: “I should have gone home early to practice the samisen.

原文では「お稽古をすれば」と目的語の三味線が省略されているが、英文では “practice the samisen” と目的語がきちんと表に出してある。文学はともかく、一般的な明文(わかりやすい文章)を書くためには、日本語でも、主語(主題や主格)、目的語、補語をあまり省略しない方がいい場合が多い。
助動詞の should は「〜すべきである」という義務・当然を表すが、ought to, must よりも意味が弱く、日本語の「〜したほうがいい」という表現に近い。「〜したほうがよかった」と過去の義務を表現するときは、should + 現在完了(have + 過去分詞)。

「〜したほうがいい」 = should do (現在の義務)
「早く帰ったほうがいいよ」 = You should go home early.

「〜したほうがよかった」 = should have done (過去の義務)
「早く帰ったほうがよかったのに」 = You should have gone home early.

原文: こんな日は音がちがう。
訳文: The sound is different on a day like this.

若い頃、私は古道具屋からギターを買い込み、いっとき、練習に明け暮れた時期がある。結局、ものにならなかったけれど。でも、いっぺん言ってみたかったなあ、「こんな日は音がちがう」、”The sound is different on a day like this.” と。音感に恵まれた人なら数年でこの境地に到達できるのか…うらやましい。

原文: 駒子は澄み深まった空を見上げた。
訳文: She looked up at the crystal-clear sky.

「澄み深まった」→「澄みきった」→ “crystal-clear”

原文: 遠い山々は雪が煙ると見えるような柔らかい乳色につつまれていた。
訳文: The snow on the distant mountains was soft and creamy, as if veiled in a faint smoke.
訳訳文: 遠い山々の雪は、ほのかな煙に覆われたかのように、柔らかくふわっとしてなめらかだった。

ウーン、民族英語ではこのように表現するのか!? 訳文では主語は「The snow (雪)」だが、原文では主語(主題)は「遠い山々」である。「柔らかい乳色につつまれていた」のは「遠い山々」であり雪ではない、と日本人の私には思えるのだが。

「雪が煙る」とはどういう状態をさしているのだろうか。おそらく、粉雪(powder snow)のような細かい雪が、煙のようにかすんで見える状態ではないだろうか。たとえば、つぎの写真のように。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kikoriart/dailyphoto_07/0701/070113.jpg
(『農家の嫁の事件簿』の「寒仕込み」の「山頂に雪が煙る」から引用する)

この日は快晴の澄みきった空で雪は降っていない。しかし島村の目には、山並みが雪煙のような柔らかい乳色につつまれてかすんで見えたのではないか。つまり、「雪が煙ると見えるような」という表現は、「雪が煙っているかのように」という意味で単に山々を修飾しているにすぎない、と私は解釈した。

原文: 遠い山々は雪が煙ると見えるような柔らかい乳色につつまれていた。
試訳: The distant mountains were covered with a soft, creamy veil, as if the snow was smoking.

もちろん、これは日本人である私が作った一種の国際英語である。英米人には少し奇異な表現かもしれない。

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